Vol.012 『千葉マリンスタジアム完成
』
1990年3月24日土曜日、千葉マリンスタジアムが完成し、記念式典が開催されました。
野球に限らず、様々なイベントへの利用が可能な本格的なスタジアムです。
千葉はプロ野球発祥の地
現在の習志野市谷津バラ園の入口脇に「読売巨人軍発祥の地」と刻まれた一つの記念碑がひっそりと建っています。
ことのはじまりは昭和9年、読売新聞社社長正力松太郎氏が日本野球界発展と健全娯楽育成のためにベーブ・ルース、ルー・ゲーリック率いる全米オールスターチームを招聘したことによります。
これを迎え撃つため、六大学選手を中心に編成された全日本軍が、昭和9年10月15日合同練習を行ったこの場所(習志野谷津球場)こそが読売巨人軍、ひいては日本プロ野球界発祥の地といえるでしょう。
全日本軍はその年の暮れ、株式会社大日本東京野球倶楽部として組織を固め、翌昭和10年2月、米国遠征途上に「東京ジャイアンツ(巨人軍)」の名称が決定しました。
数多くの名選手を輩出した千葉
千葉は「野球王国」といわれるほど昔から盛んな土地柄であり、スーパースター長嶋茂雄氏を筆頭に「記憶に残る」往年の名選手が、現役選手には海を渡りアメリカ大リーグで活躍している選手もおり、ドリームチームを千葉出身者だけで組む事も不可能ではなさそうです。
主な現役選手
主な往年の名選手
氏名
主な所属球団
氏名
主な所属球団
石井一久
ヤクルト、ドジャース
長嶋茂雄
巨人
大塚晶文
近鉄、
パドレス
城之内邦雄
巨人
高橋由伸
巨人
篠塚利夫
巨人
林 昌範
巨人
掛布雅之
阪神タイガース
阿部慎之介
巨人
中村勝広
阪神タイガース
小笠原道大
北海道日本ハム
和田 豊
阪神タイガース
金子誠
北海道日本ハム
谷沢健一
中日ドラゴンズ
野口
寿浩
阪神タイガース
宇野勝
中日ドラゴンズ
小川博文
横浜ベイスターズ
鈴木孝政
中日ドラゴンズ
福浦和也
千葉ロッテ
石毛宏典
西武ライオンズ
小宮山悟
千葉ロッテ
長冨浩志
広島東洋カープ
五十嵐亮太
ヤクルト
田村藤夫
日本ハム
川島 亮
ヤクルト
古屋英夫
日本ハム
歴史的な背景や野球の盛んなこの土地でありながら、首都圏で唯一プロ野球チームが本拠地を構えていなかった空白地であり、プロ野球を見るには東京まで足を運ばざるを得ませんでした。
「千葉でプロ野球を見てみたい!」。だがそれにはそれ相応の『器』が必要です。
昭和56年幻の千葉スタジアム
「千葉に本格的な野球場を造り、プロ野球を生で見たい!」という話はかなり以前からもありました。
たとえば昭和56年当時の千葉市は人口75万人の大都市に発展し、生活環境として快適で便利な都市設備、ハード面は充実しつつあったが市民共通の話題となり誇りとなる、ソフト面でのシンボルが少なく、郷土意識、市民意識という面が欠けていました。
全国に誇れるものをと、千葉市弁天町にある千葉公園内に4万2千人収容の多目的スタジアムと7千人収容のアリーナ建設を千葉市長が議会・記者会見で表明し、実際に構想策定予算も組まれたこともあります。
しかし建設費用、スタジアム周辺の住環境への配慮、プロ野球球団の誘致など、あらゆる案件を総合的に判断した結果、条件を満たすには至らずこの計画は幻に終わりました。
昭和63年
ついにスタジアム建設に着手
昭和61年『幕張新都心計画』の中で構想が復活、建設が決定し、ついに昭和63年1月30日に起工式が執り行われ、完成へ着々と歩みを進めていきます。
スタジアムは鉄骨鉄筋コンクリート造りで地上5階建て。観客収容人数は3万人。グランドは中堅122m、両翼99.5mで東京ドームとほぼ同じ広さを持ち内外野席の上に屋根のように突き出たひさしの先端の夜間照明設備・サークルラインが特徴で景観を重視した外装になっています。
また野球に限らず、サッカー、アメリカンフットボール、コンサートなどの各種イベントなど多目的に使えるようにマウンドは脱着式になっている。そしてその総工費は約123億円でした。
命名『千葉マリンスタジアム』
建設に先立つ昭和63年1月10日から2月19日の期間には球場の名称募集が一般公募されます。
その結果全国2729人から1754件の応募が寄せられ、関心の高さがうかがわれ、やはりそのイメージをほうふつとさせるキーワードを散りばめた応募作品が多く、「マリン」、「シーサイド」、「海浜」、「ベイサイド」などが上位を占めました。名称選考委員会は昭和63年4月11日に開催され、選考されたものの中から、@スケールが大きいAカラーイメージが明るいB言葉の響きがソフトC3文字で簡潔D発音しやすい の理由から“
千葉マリンスタジアム
”を選出します。佳作作品としては“千葉シーサイドスタジアム”、“千葉ポートスタジアム”、“千葉ベイサイドスタジアム”、“千葉ドリームスタジアム”、“千葉スタジアム”などが選出されました。
平成2年(1990年)3月24日(土曜日)完成
第9期生が高校2年三学期の終業式を迎えたこの日、千葉マリンスタジアムの完成を記念して、巨人VSロッテオリオンズのオープン戦が開催されました。完成記念試合には市民1万人が招待されたが、その倍率は35.8倍という狭き門であり、人々がいかに完成を待ち望んでいたかを現しています。
試合に先立って行われた完成記念式典には沼田千葉県知事・松井千葉市長・吉国プロ野球コミッショナーはじめ、長嶋茂雄氏、谷沢健一氏、掛布雅之氏ら千葉県出身のプロ野球選手も顔を揃え、ただの地方球場の完成とは思えぬほどの豪華さ。
それもそのはず、この球場は将来プロ野球公式戦の開催、さらには球団の誘致という大きな目的が控えていたたこと、さらに野球だけでなく、コンサート等各種イベントも今後大いに見込まれていたためでもありました。
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